今日の将棋電王戦第5局は記録的な短手数、たったの21手での終局というあまりにもショッキングな幕切れとなった。

 
コンピュータソフトAWAKEが後手で、開発者の巨瀬さんは元奨励会員だそうだ。プロ棋士になる夢は破れたが、コンピュータ将棋ソフトで将棋会館の特別対局室にたどり着いた。
 
対する先手阿久津主税八段は、昨年度は順位戦不調で降級してしまったが、マッチメイク発表時はA級に属していたトップ棋士だ。
 
AWAKEには重大な欠陥があるのは私も知っていた。ニコニコ動画で生放送されたアウェイクに買ったら100万円が貰える企画において、アマチュアの強豪の方が示した、わざと角打ちの隙を作り角を打たせそれを取ってしまうという趣向だ。この場合アウェイクは、良くても角と銀の交換で損をしてしまう。
 
この筋でそのアマチュア強豪の方は見事に100万円を得た。それに続こうと多くのアマチュアがこの筋で勝利を目指したが、この筋に誘導できても勝つ人は結局初めの方以降出なかった。どうやらもともと話題の筋でもあったらしい。
 
ここで重要なのは、その指し方は将棋における最善とは言い難く、したがって人間相手では指されることはなく、コンピュータ相手ならそこそこの確率で誘導でき、そうなると勝つのは難しいが明らかに得ができるということだ。こういう筋を一般的にコンピュータ対策のハメ手という。
 
第四局までの結果は二勝二敗であり、この第五局は団体の勝敗が決する大舞台だ。このハメ手を阿久津は採用した。そして件の筋へ誘導する運もついついた。AWAKEが角を打ち、阿久津が香車を逃げ、その次の瞬間に巨瀬さんは投了を告げた。
 
これまでに登場したソフト開発者は勝敗にはこだわるが、戦い方や棋譜はどうでも良いという考え方だったので、今回もそうなのだと私は思い込んでいた。錯覚だった。巨瀬さんの志の高さに全く気づかなかった。それに気づいた時にはもう巨瀬さんは敗北していた。持ち時間各五時間の対局にもかかわらず、終局時刻は対局開始後一時間くらいの、まだ午前11時だった。
 
投了後に軽い記者インタビューがあった。阿久津八段は動揺しているように見えた。巨瀬さんは表情からは内面を推量れなかった。ここで巨瀬さんは、ハメ手の存在は知っていたが、ルールにより修正はできなかった。そしてプロが、自分で発見したものでもないハメ手を使うなんて思わなかったと言った。
 
私には難しくてわからない。阿久津は勝つための最善を尽くし、ハメ手を採用した。巨瀬さんは正々堂々の勝負を望み、勝つ見込みが極端に減ってしまった時点で、これ以上棋譜を汚すのを避け、投了をした。もしかしたらこの投了には、トップ棋士ともあろう者がハメ手を採用したことに対する抗議の意図も含まれているのかもしれない。結果的に見れば、エンターテイメントとして最悪の結果となったわけだが、どちらが正しいのか悪いのか、ずっと考えているが、わからない。
 
その後夜に今回の電王戦に出場した開発者、棋士全員が集う会見があった。そのときにある開発者が、巨瀬さんはわれわれのなかでもとくに将棋の発展に貢献することを目標としてきた方なので、今回のハメ手は本当に残念だったのだろうと言った。そのとき巨瀬さんは泣いているように見えた。